学校紹介


                       

 昭和22年に新制中学校が発足し、鹿児島市では第一から第九までの番号をもって呼称した学校が設立された。本校は第四中であった。
 校章は市の中央にふさわしく、真ん中に大きく「中」を置き、その両側に羽をあしらったものが制定された。最初の意匠では上下部に丸みをもたしていたのが制作過程でこのようになってきたものらしい。区切りは第四中の「四」と四恩(天地・社会・親・師)を意味している。
 本校は全国モデルスクールとして発足し、県下で初めて鉄筋校舎が建てられた。報恩感謝の輝かしい伝統を築きつつ、大いなる夢と希望に胸ふくらませ、若鳥のように羽ばたいてもらいたいという願いが込められて、この校章が制定された。

 

1 校区の歴史的背景

 本校区は明治維新の大事業に始まり,爾来幾多の偉大な人材を輩出している。すなわち、西郷隆盛、大久保利通、大山巌、西郷従道、東郷平八郎、山本権兵衛、黒田清隆、安藤照、橋口五葉などがそれである。彼らは,自律的な若者集団による郷中教育により体力の錬磨と人格形成をなし、幾多の業績をあげている。
 鹿児島の郷中教育は鶴丸城を中心に、以北を上方限(15方限)、以南を下方限(21方限)の二地区に大別し、それぞれの方限で青少年の自主的集団教育の場が展開されていた。甲東中学校校区は、下方限地区の上下加治屋町、高見馬場、樋之口、旧新屋敷、新新屋敷の各方限(郷)にあたっており、特に前述の人材は、下加治屋町方限(郷)の出身者であった。
 下加治屋町方限(郷)から多数の逸材が輩出した原因については定かではないが、特に次のことが考えられる。

 @ 鶴丸城が近い方限であり、島津一門やその他の功臣、学問僧の
   影響が大であった。
 A 西郷隆盛の郷中教育への参加が大きな役割を果たした。すなわち、
   西郷隆盛は二才(にせ)頭として下加治屋町方限(郷)の二才(青年)
   ・稚児(少年)を統率し、指導した。
 B 学習資料が儒学の基本的な経書や軍書であり、剣術、槍術などの
   伝統的な武芸で心身の鍛練がなされた。
 C 藩政末期に開かれた文武講習場が、2ヶ所とも下方限地区(
   新新屋敷、上荒田)であった。
 D 甲突川で二分された下方限地区の郷中教育が、相互向上の努力を
   重ねる結果になった。

 その他多くあると思われるが、特に以上の5点が本校校区の歴史的背景としてあげられる。


2 校区内の学校

  小 学 校 : 鹿児島市立山下小学校 ・ 鹿児島市立松原小学校
         ・ 鹿児島市立城南小学校
  高等学校 : 鹿児島県立鹿児島中央高等学校


3 校区内の主な公的機関

  鹿児島市立病院  鹿児島中央警察署  鹿児島維新ふるさと館


4 校区内の主な史跡

  西郷隆盛生誕の地  大久保利通生誕の地  平田靱負生誕の地

  橋口五葉生誕の地(本校正門横)    ザビエル上陸記念碑 

  僧月照の墓    照国神社   松原神社

氏  名
期        間
 第 1 代    安 田 幸 吉    自 昭和22年4月 〜 至 昭和23年3月  
 第 2 代  森 岡 昌 大  自 昭和23年4月 〜 至 昭和31年3月
 第 3 代  古 市 清 香  自 昭和31年4月 〜 至 昭和32年3月
 第 4 代  有 川 貞 人  自 昭和32年4月 〜 至 昭和33年3月
 第 5 代  西 園 貞 久  自 昭和33年4月 〜 至 昭和37年3月
 第 6 代  田 中 半 蔵  自 昭和37年4月 〜 至 昭和41年3月
 第 7 代  羽 生 乙 熊  自 昭和41年4月 〜 至 昭和43年3月
 第 8 代  広 田  實  自 昭和43年4月 〜 至 昭和44年3月
 第 9 代  戸 田 熊 吉  自 昭和44年4月 〜 至 昭和47年3月
 第10代  松 崎 正 毅  自 昭和47年4月 〜 至 昭和51年3月
 第11代  上 山 英 哉  自 昭和51年4月 〜 至 昭和54年3月
 第12代   鈴   春 夫  自 昭和54年4月 〜 至 昭和57年3月
 第13代  中 尾 高 秋  自 昭和57年4月 〜 至 昭和60年3月
 第14代  中 村 利 廣  自 昭和60年4月 〜 至 昭和62年3月
 第15代  中 村  恵  自 昭和62年4月 〜 至 平成 元年3月
 第16代  今 村 一 馬   自 平成 元 年4月 〜 至 平成 3 年3月
 第17代  山 下 隼 雄  自 平成 3 年4月 〜 至 平成 6 年3月
 第18代  寺 尾  正  自 平成 6 年4月 〜 至 平成10年3月
 第19代  齊 脇  司  自 平成10年4月 〜 至 平成14年3月
 第20代  日 置 政 實  自 平成14年4月 〜 至 平成16年3月
 第21代  新 門 勝 也  自 平成16年4月 〜 至 平成18年3月
 第22代  今 村 茂 一  自 平成18年4月 〜